好天に恵まれたスキージャム勝山でスキーを楽しんだ翌日は越前を観光しましょう。
『福井の見どころは?』と問われ、すぐに答えられる方はナカナカいない。
- 日程; 2016/02/25(木)~26(金)
プチホテル バースティック
初日は朝イチから滑っていた。
アフタースキーは、リフトICカードと引き換えにホテルハーヴェストの♨温泉につかる。甘じょっぱい湯がしみいる。
今夜の宿は、そのすぐ横に建つバースティック。必要十分の客室、明るく広い乾燥室、そして美味しい食事_夜食は海鮮鍋でした。『カニ!カニ!』と騒ぐ方では無いが、真っ赤な越前カニは食欲をそそるし、大粒の貝や白山の清水で育てたられたであろう野菜達が、関西圏の上品なさっぱりダシとでウマウマ。
平泉寺白山神社
山をおりると、雪国らしい大粒の雪が降っていた。ワイパーを動かし平泉寺白山神社へ向かう
白山信仰は白山を御神体とし、頂に至る行動を精神を高める教えになぞらえた。その教えと歴史的タイミングにより、アミニズム的宗教と論理的な仏教の掛け渡し的ポジションだったのではと思う。白山は泰澄が開山し、平安時代には加賀・越前・美濃の3国に禅定道≒白山への登山道が定められ、同時に馬場(ばんば)≒各スタート地点が設けられた。平泉寺白山神社はそのひとつの越前馬場。神仏習合、分離の歴史を経て、現在にいたる古刹。 昨日、スキー場から登った法恩寺山は、その越前禅定道上のポイントだった。
駐車場がある参道口に着いた際には、誰も居なかった。『こんな雪の日に…』と呆れるよりも、清静が嬉しい。
御朱印を頂くために社務所に寄る。ここも、旧玄成院庭園として苔が綺麗な場所らしい。庭園見学は雪に阻まれ、参道をゆっくり進む。平泉寺白山神社は、緑の苔むす中に石畳の境内が有名なのだが、今日は、しんしんと降る雪が多くのもの覆い隠す。石畳に落ちた杉葉に積もった雪が模様を作り出しおもしろきかな。
よくパンフレット等に写る建物は拝殿で、その後ろ、一段高い場所に本殿が建つ。シンプルな拝殿と違い、本殿には立派な屋根や上等の装飾が施されている。
ゆめおーれ勝山
まだまだ大ぶりの雪が降り続く中、明日からの祭り;左義長色がはためく勝山の町のゆめおーれ勝山へ。
福井の銘菓に【羽二重餅】がある。形を留めないのではないかというぐらい非常に柔らかい餅和菓子だ。今では【羽二重(はぶたえ)】と言えば【餅】となってしまったが、本来、羽二重とは縦糸を細い二本の糸とする平織りの絹織物のことだった。『絹のよさは羽二重に始まり羽二重に終わる』とも言われたほど、肌触りよく美しい絹織物だったそうです。 勝山で羽二重が織られていたのは明治の中頃、その後の織物産業は変貌と衰退をたどるのだが、ここ、ゆめおーれ勝山は平成10年まで勝山の中堅機屋(はたや)として操業していただそうです。
金花堂 はや川
次は羽二重【餅】のほう。宿の地元ガイドに出ていた、はや川の【胡桃羽二重】をお土産に買い求める。ここの羽二重餅は、胡桃をまぶした羽二重餅をシュー皮で包んだ、ちょっと洋風。きれいな店内にも和菓子からケーキまで揃っていた。
この胡桃羽二重、ガイド通りに大変美味しかったのだが、おまけに頂いた切れ端がさらに美味しかった。端っこなので胡桃は少ないのだが、それでむにゅむにゅが増し、甘い玉子焼きのお餅を食べている感じ。
はや川さんはお菓子屋さんなのだが、なぜか鱒の笹子寿しも売っている。関東でお団子屋さんがお赤飯を売っているのと同じなのかナ? 笹の香りが食欲をくすぐる。
永平寺
福井の観光と言えば、永平寺。曹洞宗大本山永平寺は、鎌倉時代(1244年)に道元禅師によって開創された出家参禅道場、簡単に言えば、僧侶になるための鍛錬道場。もっとも今は非出家者もZAZEN-TRIPできるのだが…
とにかく、広大な境内(約10万坪)、町名も永平寺町、巨大だ。なにもかも。
以前、(数十年前だが)訪れた際は、無雪期だったが、直接山門をくぐった記憶があるのだが、今回は禅体験者向けの巨大なコンクリート施設が入口だった。お堂をめぐる通路や、長い階段をさまよう。建物の迷宮と人の迷にあてられながら、現世に戻る。
越前おろしそば 佐佳枝本店
新しいトンネルを抜け、都会の様相の福井の中心街へ。福井は城下町。今でも律が感じられる街だ。
森八大名閣で和菓子を購入。道路をはさんだ向かいに蕎麦屋さん。なにやら感が働いたようで、下調べ無しののれんをくぐる。 これが、大当たり。ぬるっと&つるっとの蕎麦、辛みのきいたおろし汁、例によって普通に美味しい野菜。帰宅後調べると、越前おろし蕎麦の老舗だそうです。
白川静 生誕之地
福井の街で、もう一ヵ所、訪れたかった場所が白川静先生の生誕地。 漢文学者・古代漢字学者の白川先生は、漢字の生立ち探求されていた。特に呪術的な面からのアプローチは、大変興味を持って読んだ。
『遊』
遊ぶものは神である
神のみが、遊ぶことができた。
遊は絶対の自由とゆたかな創造の世界である。 それは神の世界に外ならない。
この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。
佐佳枝廼社
現在、白川静 生誕之地碑の前は貸しスタジオのビルになっていたのだが、そこは、おそらくは佐佳枝廼社の旧境内。ビルの横を入ると駐車場。佐佳枝廼社はこの駐車場の上に鎮座している。
先ほどお蕎麦屋さんも【佐佳枝】でした。佐佳枝廼社は、越前東照宮とも呼ばれ、越前福井藩初代藩主;松平秀康公、16代藩主;松平慶永公(春嶽)を祀る徳川の社だそうだ。
佐佳枝は春嶽筆による命名由来書によれば、【「福井廼社」では福井には他にも神社があるので都合が悪い。「福井」という名前は足羽神社に祀られる栄井神(さくいのかみ)によるもので、栄も福も同じ意味である。そこで栄を万葉仮名で書いて「佐佳枝廼社」とした。これは「福井の社」のつもりである。「佐佳枝神社」としなかったのは、これでは秀康公に「佐佳枝神」という諡を贈ることになってしまうため】とある。
幕末の話には必ず登場する春嶽。現在の福井においても、結構、力を持つ松平家のようでした。
ヨーロパン キムラヤ
8号線を南下し、鯖江の町に入る。
ネットで調べておいたヨーロッパンキムラヤへ。ダジャレのパン屋さんなどと侮るなかれ、都内にあってもおかしくないような素敵なヨーロッパンが並んでいる。
最近はやりの天然酵母パン屋さんとは違い、ちょっと高級な普段使いのパン屋さん。カンパンは残念ながら売り切れ中だったが、好みのハード系のパンを購入しました。
木村屋で修行され、のれん分けされたパン屋さんは自分の地元にもあるが、そこも美味しいパンを手頃な価格で提供してくれる。全国のキムラヤが一同に介すイベントとかないかな~
越前ノ海
鯖江の町から越前陶芸村へ。知人の陶芸家を訪ねる。突然の訪問者を暖かく迎えてくれた。しばしの休息を頂戴し 握手で別れる。
次は海へ。広々とした田畑敷地の家並が、峠を下ると、いきなりぎゅうぎゅうの家並に変り海に出た。 残念ながら、今年は異常な暖冬で水仙を観ることは出来なかった。代わりに荒々しいが美しい翠の海を観る。
海岸線を南下し敦賀から高速に乗り、帰路につく。
【越前】言葉としての知名度は高いが、その中で、じみーな福井。せいぜい、カニ・恐竜・永平寺といったところか …
今回、何十年ぶりに福井を訪れ、観光一日だったが、海あり山あり文化ありの素敵なトコロでした。
現在、北陸新幹線が金沢まで延び、観光地として脚光をあびている。新幹線はさらに延び、2020年には金沢駅 – 福井駅も開業するそうだ。高速道路も、新東名や中部縦貫自動車道が整備され、取り残された福井に脚光があびるのも、そう遠くはなさそうだ。できれば、その前にもう一度訪れたいもんだ。